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2015.4.24 いよいよセルフビルドをスタート [決戦前夜]


リュックにテントと寝袋を載せて重い荷物を背負いながら電車で現地入りしました。

ここは更地ではありますが、緑が多い自然公園の第2種特別地域に指定されている土地です。近所には開発された別荘地もたくさんあります。


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早速ご近所にご挨拶。テントを張って自分で家を建てるんだと話すとみなさんびっくりしていました。

「外水栓を使っていいよ」とか「事務所のトイレを使えるように考えよう」とかみなさんとっても親切なのでこちらもびっくり。でも思ってもいなかったので本当に助かるなと心から感謝。


田舎暮らしを計画してから6年目にして、ようやく実現に向けて別邸の建築を始めることとなりました。

直前まで仮設水道とか仮設電気の準備をしてきて気分は高揚しているけれど、正直ちょっぴり不安もあります。

 

田舎暮らしは雑誌も数種類発行されているしテレビでも取り上げられていて、一種のブームのような感があります。

実際私も宝島社の「田舎暮らしの本」は毎月読んでいたし、西田敏行がナレーターをしているTV番組「人生の楽園」も毎週観ていました。

今はどうなんでしょうか。この3年間は夢中で家づくりだけに集中していたので世の中のことはネット記事でニュースを知るだけ。流行には少し疎くなっています。

 

田舎暮らしをしようという動機は人それぞれと思うのですが、私の場合は司馬遼太郎の「翔ぶがごとく」を読んだことが契機になっています。

西郷隆盛が征韓論に敗れて鹿児島へ帰ったときに鹿児島出身の大勢の警察官などが共に鹿児島へ帰っています。それで給料がもらえなくなってどうしたかというと、元々やっていたように畑を耕して自給自足をしているんですね。

 

この時代の人々にとって当たり前のことだったようで、江戸城明け渡しのときも江戸城で生活していた人々は新政府から与えられた浜松の土地に移り住んで慣れない耕作をしながら生活をしています。

 

そうなんです。この時代の人たちは土地がありさえすれば生きていけると考えていたんですね。後に田舎暮らしの土地探しをしているときも感じたことですが、つい最近まで人々は山の上でもわずかな土地があれば土地を耕して生活していたんですね。今は生活に不便だといってそんな土地は見捨てられ、みんな麓の都市へ降りて企業に就職して給料をもらって生きているんです。

 

ある山の上の雰囲気のよさそうな土地を見に行ったときにお年寄りが言っていましたが、山持ちは炭焼きができるので裕福だったそうです。自分の家は山がなくて貧乏で毎日いもばかりを食べさせられたと言っていました。

 

そんな山が今では地元の人どおしで山の売買をすると一山で数十万円の価格らいしです。簡単に山を手に入れることもできそうです。

一流大学を出て一流企業に勤めて人々の摩擦の中で生活していくのと山でのんびり自給自足をするのとどちらが幸せなんでしょうね。

若い人が一旦派遣社員になるとなかなかキャリアが積めなくて将来に絶望するとか、社会に出たものの人間関係がうまくいかず引きこもりになってしまう。それでどうしたらいいかわからなくなってしまう。

でも今の日本は基本的に豊かだと思います。だからもしやる気になれば山を手に入れて自給自足で生活をしていくことは不可能ではないんです。

もし日本が貧乏国家だったら、そんなのんびりしたことは許されないと思います。少し前の中国では、つまりあまり豊かではなかった中国では人々は将来のことなど考えずに毎日、毎日今日を生きることだけを考えていたといいます。全く余裕などないですがそれが生き抜く知恵だったようです。

私は少ーしだけお金を使ってセルフビルド=DIYをして田舎暮らしを模索していますが、お金が無ければ無いなりに同じことをすることはできます。実際ネットではそんな生活を試みている若者が結構います。私もそんな人の発信する情報を参考にさせていただきました。追々このブログでもそのことに触れていきたいと思います。

 

 

さて、明日の朝から基礎工事の建設会社が来て、いよいよセルフビルドの始まりです。工事には私もお手伝いすることで少し工事費を安くしてもらいました。

 

 


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